大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所今治支部 平成4年(ワ)26号 判決 1996年3月14日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

熊田士郎

小川治彦

清見勝利

成田吉道

被告

実正寺

右代表者代表役員

乙山太郎

右訴訟代理人弁護士

小長井良浩

中村詩朗

浦功

菊池逸雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二三万一三八二円及びこれに対する平成四年四月一八日から支払い済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金八七万四四五四円、及び、内金四三万七二二七円に対する平成四年四月一八日から支払い済みまで年一四・六パーセントの割合による金員、内金四三万七二二七円に対する本判決確定の日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実経過(争いのない事実)

1  被告は、「日蓮正宗宗制に定める宗祖日蓮所顕十界互具の大曼茶羅を本尊として、日蓮正宗の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布のため信者を教化育成し、その他正法興隆、衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うことを目的とする」宗教法人であり、日蓮正宗に包括される被包括宗教法人である。

2  原告は、昭和六一年一一月一日から、平成三年二月二八日まで、被告において、概ね午前九時から午後五時まで受付事務等に従事し、これに対し被告から毎月現金の支払いを受けていたところ、午前九時以前や午後五時以降に受付事務等に従事することがあり、また、宿直することがあった。

二  原告の主張

1  原告は、昭和六一年一一月一日、被告との間で、職務内容を受付業務、基本給を月額八万円、就業時間を午前九時から午後五時までとする労働契約を締結して被告に雇用された。

2  労働基準局長の通達によれば、「法の適用に当っては、憲法及び宗教法人法に定める宗教尊重の精神に基づき、宗教関係事業の特殊性を充分考慮すること。宗教法人又は団体であっても労働基準法上に所謂労働者を使用していない場合に、法の適用がないことは言うまでもなく、具体的に問題になる場合を挙げれば次の通りであること。イ 宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けずに奉仕する者等は労働基準法上の労働者でないこと。ロ 一般の企業の労働者と同様に、労働契約に基き、労務を提供し、賃金を受ける者は、労働基準法上の労働者であること。ハ 宗教上の奉仕乃至修業であるという信念に基いて一般の労働者と同様の勤務に服し賃金を受けている者については、具体的な労働条件、就中、給与の額、支給方法等を一般企業のそれと比較し、個々の事例について実情に則して判断すること。」(昭和二七年二月五日基発四九号。以下「本件通達」)とされているところ、原告は、次のとおり労働基準法上の労働者であり、被告から支給されたのは賃金であった。すなわち、労働条件について話し合いがなされた事実、勤務時間の定め、仕事の内容、業務遂行上の指揮監督、代替性の不存在から、使用従属関係が認められること、毎月の給与支払やこれが労務の対価であったことから、給与の労務対償性が認められること、他方、報酬が「お礼」に過ぎないとの被告の主張が虚偽であること、原告の労務提供は奉仕活動ではないこと、そして、労働日数、実労働時間、休暇、給与の額、昇級(ママ)、給与の支給方法から、一般労働者との類似性が認められること、なお、原告は家事使用人でないこと、によれば、原告は労基法上の労働者であることが明らかである。

3  原告は、別紙(略)「労働実態表」のとおり、時間外勤務を行い、宿直など夜間労働を行っている(なお「○時○○分~○時○○分」の記載は当日の○時○○分から二四時間労働に従事したことを意味する)のに、時間外及び深夜労働に対する賃金の支払いがない。被(ママ)告の基本給は月額八万円であり、また、被告によれば日額四一二〇円を給与の基準としていたというのであるから、別紙(略)「未払賃金の計算」の主張1ないし4のとおりの計算により(このうち最も多く認められるものを優先的に主張する)、未払賃金(及び訴状送達の翌日からの賃金の支払いの確保等に関する法律による遅延損害金)の支払いを求め、かつ、労基法所定の付加金(及び遅延損害金)の支払いを命ずることを求める(なお、原告は、昭和六二年一二月分からの未払賃金を請求して平成四年四月八日に本訴を提起したものであるが、被告が平成二年三月分以前について消滅時効を援用したところ、これを争わない)。

三  被告の主張

1  原告は、信仰上の経験と熱意を有する人という被告の人選基準に基づいて被告に勤務するようになったこと、原告の勤務は宗教上の奉仕を基本とするものであって原告自身御本尊様に奉仕するという意識で勤務に当たってきたこと、勤務時間についても厳格な管理はなされず、むしろ一応の目安の範囲内で原告の意思に委ねられていたこと、「給与」は労務に対する対価性が極めて希薄であったこと、勤務内容についても、日常の勤務は断続的なもので労働密度が極めて薄いものであって、その内容も補助的な「手伝い」という表現が適切であり、また宿泊日の勤務はまさに家事労働の域を一歩も出ないものであったこと、業務指揮についても勤務日や宿泊日を決めるについて、原告の都合が最優先されていたこと、他寺院における実状や原告を含む寺院に勤務していた者らの意識も宗教上の奉仕だという信念に基づいて勤務してきたと解されること、の諸事情が認められるから、被告は、労基法八条の「事業」に該当せず、少なくとも原告は「宗教上の奉仕乃至修業であるという信念に基いて一般の労働者と同様の勤務に服し賃金を受けていた者」(本件通達)に当たり、右の具体的労働条件に照らせば、一般企業における労働と大きく懸絶があるから、原告は労基法上の労働者には該当しない。また、原告は家事使用人である。

2  原告の主張する「時間外労働」や「深夜労働」は、宗教上の奉仕活動であり、もしくは家事労働に過ぎないから、労基法上の時間外労働・深夜労働には該当しない。また、労基法に照らしても、「宿直」は労基法四一条三号、労基法施行規則二三条の趣旨に照らせば、労基法上の労働時間の規制は適用されないと解すべきであり、少なくとも被告では労基法三二条の二の変形労働時間制をとっていたものと解されるから、原告には時間外労働はない。

3  原告が時間外労働・深夜労働に従事したことの証明がない。

4  原告は創価学会員であるところ、本訴は、宗教上の対立関係にある日蓮正宗を攻撃する手段として利用することのみを目的とした、不当なものであって、このこと自体から、原告の主張は理由を欠き、立証は措信できないことが、明らかである。

第三判断

一  本件において、原告が「宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けずに奉仕する者等」に当たらないことは明らかであるから、原告が、一般の企業の労働者と同様に労働契約に基づき労務を提供し賃金を受けているか否か、あるいは、宗教上の奉仕乃至修行であるという信念に基づいて勤務に服している場合には、具体的な労働条件を比較して一般企業のそれと同様か否か、を基準に、判断することとする(なお念のため、以下において、「従業員」、「給与」等の言葉は、労基法上の「労働者」、「賃金」等に当たるか否かを問わずに使用するものである)。

なお被告は、被告が労基法適用事業に該当しない旨も主張するところ、営利を目的としない宗教団体が行う事業活動も右事業に当たるのであるから、結局のところ、被告が労基法適用事業に当たるか否かは、以下に検討するとおりの結論として原告が労基法上の労働者に当たるか否かによるものと解される。

二  被告においては、現・被告代表者が昭和五一年に赴任し、当初一人の従業員、昭和五七年ころからは常時二、三人の従業員を使用していたこと、被告代表者が従業員を選ぶに当たっては、日蓮正宗に対する信仰経験が長いことを基準の一としていたこと、実際にも、被告の従業員は全て日蓮正宗の信者であったこと、原告自身も、被告の従業員となる以前から、日蓮正宗の信者であり、かつ、被告における各種奉仕活動に多数参加していたこと、が認められる(<証拠・人証略>)。

そして、右のような事情が認められる以上、労基法の適用の可否を判断するに当たっては、宗教上の奉仕乃至修行であるという信念に基づいて勤務に服しているものとして、具体的な労働条件を一般の企業のそれと比較して検討するべきである。

原告は、被告の従業員となった際の動機などの諸事情をあげて、原告には宗教上の奉仕乃至修行であるとの信念がなかった旨を主張する。しかし、労基法の適用の可否を検討するに際し、個々人の内心の意思(宗教的な信念)を詮索した結果によって判断することは、かえって「宗教尊重の精神」(本件通達)に反すると解されるところであるから、右のとおりの外形的、客観的な事情の有無によって判断するのが相当であり、原告の右主張は採用できない。

三  そこで以下、被告における原告の具体的な労働条件を認定し、ついで一般企業のそれと比較することとする。

1  給与

被告においては、給与について従業員と取り決めをするようなことはなく、被告代表者が一方的に決定し、その内訳についても従業員に教えず、もとより明細書なども交付していなかったこと、支給日も一定しておらず、毎月の適宜の日に一か月分を支給していたこと、しかし被告代表者としては、各従業員ごとに一日当たりの金額を決め、これに出勤日数を掛け、出勤日数については、半日勤務の場合を〇・五日、宿直を伴う場合を二日として、毎月の給与を計算していたこと、実際の支給額は、これに源泉徴収、年末調整、社会保険料の控除などを行って決定していた(ただしこれらは数ケ月分をまとめて行うことが多かった)こと、また、年に二回のボーナス時期には、適宜の金額を上乗せして支払っていたこと、従業員ごとの日額は、各人の従事する職務の内容や職務に対する習熟度などを考慮して定め、毎年適宜見直し、原告の場合、昭和六二年三六〇〇円、昭和六三年三七〇〇円、平成元年四〇〇〇円、平成二年以降四一二〇円と定めていたこと、そして現実の支給額は、別紙「未払賃金の計算」の「実際に支給された給与額」のとおりであること、が認められる(<証拠・人証略>)。

これに対し原告本人は、勤務する前に被告代表者から「月額八万円」と明示された旨供述するが、支給額は前記のとおりに決定されていたため、現に各月で相当異なっていたのであるから、予め月額を明示することなどそもそも困難であって、原告本人の右供述は信用できない。

2  勤務時間や出勤日

被告においては、従業員の勤務時間を午前九時から午後五時までと定めていたこと、しかし、被告で各種行事があるときは、その準備や後片付けなどのため、午前七時三〇分ないし午前八時までに出勤する必要があったり、午後九時三〇分まで居残る必要があったりし、年末年始には夜間に出勤したこと、その他、被告代表者とその妻が所用で外泊するときには、宿直として、翌日まで被告で宿泊したこと、各従業員の出勤日や宿直日については、各月の末ころに翌月分を、被告代表者とその妻と従業員が集まって相談のうえ、決定していたこと、そして、原告が被告の従業員としての職務に従事していた時間は、別紙「労働実態表」の「原告の勤務時間帯」のとおり(ただし、平成三年一月、二月の午前八時四五分を午前九時とする)であること、が認められる(<証拠・人証略>)。

被告代表者本人は、従業員の勤務すべき時間が午前九時から午後五時までであることを基本的には認めながらも、これが「原則として午前九時ころから午後五時ころまで」であるなどとして、勤務時間の定めがない旨を供述する。確かに被告においては、出勤簿やタイムレコーダーなどによる厳格な勤務時間管理が行われていた訳ではないが、一度原告から、都合により出勤時間を少し遅らせたいとの申し出があったのに対し、被告代表者は、原告自身で判断するように答え(結果的に右申し出は撤回された)、その際被告代表者の念頭には、原告が自主的に従業員を辞めるという事態まで想定されていた、というのである(被告代表者本人)。そうすると被告においては、予め午前九時より遅い出勤時間しか確保できない従業員は、(自主的という形であれ)退職も考慮に値する、すなわち、従業員としての適格性に問題がある、ということになる。そうであれば、仮に毎日の出勤時間の管理が厳格でなかったとしても、午前九時という時間は、定められた出勤時間とみるのが相当であり、そうすると同様に、退勤時間である午後五時も定められていたものと認めるのが相当である。

3  業務内容

原告は、被告従業員として主に受付事務を行うこととされていたこと、受付事務の内容としては、葬式、法事、結婚式、塔婆供養などの受付があり、念珠や教本の販売や電話番なども含まれていたこと、その他に、各種行事の準備や後片付け、本堂や庫裡などの清掃、庭の草抜き、洗濯物の取り入れなども行っていたこと、また、被告代表者らが不在の時には、宿直として、閉門や開門、戸締まりや点検をし、被告代表者の子の面倒を見るなどしながら、午後九時か一〇時ころに就寝して午前五時過ぎに起床していたこと、原告の他に、清掃、炊事、洗濯など、主に被告代表者一家の身の回りの世話をする従業員もいたが、従業員同士は、忙しいときには互いに手助けをしあい、また、各種行事で受付が繁忙の時には、被告代表者の妻や被告代表者自身も受付事務を行っていたこと、他方、行事がない日には、来客がほとんどないこともあり、受付事務も暇だったこと、が認められる(<証拠・人証略>)。

四  以上を前提に、一般の企業の具体的な労働条件と比較する。

まず、給与の体系は、いわゆる日給月給制として一般に行われているものと同じである。実際に支給された給与の額についても、(ボーナス月を除き)月額約六万八〇〇〇円から約九万五〇〇〇円であり、これは当地方の女子労働者の一般的な水準(<証拠略>)と変わりなく、日額四一二〇円は、八時間労働として一時間当たり五一五円となり、いわゆるパートの時間給としてみれば一般的な水準にあるといえる。

そして、勤務時間や出勤日、業務内容などを見ても、いずれも一般の企業における労働条件と同様なものといえるうえ、なにより原告は、被告代表者によって、被告に雇用された労働者として雇用保険の手続がなされている(<証拠・人証略>)。

そうすると、原告は労基法上の労働者に当たるとするのが相当であり、かつ、原告が勤務時間外に従事した職務は、労基法上の時間外勤務ないし深夜勤務に当たるとするのが相当である。

五  これに対し被告は、原告の勤務の実態等に関する諸事情をあげて原告が労基法上の労働者に当たらない旨を主張する。しかし、これらはいずれも、単なる規模の大小や業務の繁閑を巡る事情をいうに過ぎず、かつまた、これらの事情自体、そのまま一般の企業でも往々にみられるところであるから、被告の主張は採用できない。

また被告は、原告が宗教上の奉仕活動として勤務していたとして、原告が労基法上の労働者でない旨を主張する。しかし、宗教上の奉仕活動として勤務することと、その者が労基法上の労働者に当たることとは、矛盾しないのであって、労基法上の労働者に当たるか否かは、「具体的」な「労働条件」によって判断すべきものであるから、右主張は採用できない。すなわち、個々人の内心の意思によって判断すべきでないことは、前記のとおりである。

なお被告は、原告の時間外労働、深夜労働は、労基法の適用がない「断続的労働」(労基法四一条)や、労基法三二条の二の「変形労働時間制」に当たるとして、労基法上の時間外労働、深夜労働に該当しない旨を主張するが、被告において、右の前提となる行政官庁の許可や変形労働時間制の定めがないことは明らかであるから、右主張は到底採用できない。

六  そうすると、原告の未払賃金は、「未払賃金の計算(主張4)」に基づき、「時間外労働」の平成三年一月と二月の時間数をそれぞれ一〇と二五・五として計算した、合計二三万一三八二円と認めるのが相当である。そして、本件における一切の事情に鑑み、付加金の支払いを命じないこととする。

(裁判官 井上秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例